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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)3165号 判決 1980年2月20日

原告 川口正三

右訴訟代理人弁護士 妹尾修一朗

被告 秋山和

同 秋山幸子

右両名訴訟代理人弁護士 樋口家弘

主文

一  被告らは、原告に対し、昭和五五年五月三一日限り、原告の提供する金一〇〇万円と引換えに別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ同年同月一四日から右明渡し済みまで一か月金五万円の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らのそれぞれ負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(一)  被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ昭和五二年一二月一日から右明渡し済みまで一か月金五万円の割合による金員の支払をせよ。

(二) 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  (右請求が認容されないとき)

(一) 被告らは、原告に対し、昭和五五年五月三一日限り、原告の提供する金一〇〇万円と引換えに別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ昭和五二年一二月一日から右明渡し済みまで一か月金五万円の割合による金員の支払をせよ。

(二) 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

(三) 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告らに対し、昭和四七年一月二〇日、原告所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を居住目的に限定して、賃料を賃貸時金四万五〇〇〇円、昭和四九年一月から金五万円、毎月末日限り翌月分払い、期間を同日から昭和四九年一月一九日までとし、一回更新する、敷金は金四万五〇〇〇円とする旨の各約定にて賃貸し、これを引渡した。

2  原告は、被告らに対し、昭和五二年四月二三日、本件建物の明渡しを求めて大森簡易裁判所に対し調停を申し立てたので(同庁昭和五二年(ユ)第五五号事件)、おそくとも同年五月末までに到達した調停申立書で、また、昭和五四年四月二五日送達された本訴状でそれぞれ本件賃貸借契約の解約を申し入れたので、本件賃貸借契約は、右解約申入れの日から六か月を経過した昭和五二年一一月三〇日または昭和五四年一〇月二五日限り終了した。

3  右解約申入れには次のような正当事由がある。

(一) 原告には四名の息子がいるが、本件建物を所有するに至ったのは右息子らの結婚後の住居に供するためであった。したがって、本件建物の賃貸に際しては当時、二男の訴外川口正信(昭和二四年四月一〇日生)及び三男の同洋(昭和二六年一〇月二八日生)が婚姻適齢期又は、それに近い年齢であったため、近い将来における両名の婚姻を予想して賃借期間を二年の短期間とし、敷金も賃料一か月分金四万五〇〇〇円の低額におさえ、権利金等の支払も受けなかった。

(二) 右二男正信と三男洋はともに東京都江戸川区堀江町三八六七番地所在の都営住宅堀江団地二〇二号室(六帖、四帖半、台所バス付の二DK)を賃料一か月金四万三一〇〇円で賃借し居住中であるところ、二男正信は、昭和四七年四月訴外マルキシ株式会社(東京都千代田区神田須田町二丁目五番地所在)に勤務し昭和五二年度分の手取給与所得は金一四五万四四〇〇円であり、現在においても手取月収は約金一六万円にすぎず、また三男洋は帝国ホテル(東京都千代田区所在)に勤務する調理士であって、手取月収は約一三万円であるから、右都営住宅の賃料は両名にとり多額の負担である。さらに同地は交通に不便であり、六価クロム汚染地区でもあるから、右両名らは本件建物に居住する必要がある。

なお、二男正信は昭和五二年九月、訴外甲野花子と婚約が成立したが、婚姻後の住居としての本件建物の明渡しが得られないことを一つの理由として昭和五四年五月末日、破談となった事情にある。

(三) 一方、被告らは夫婦であるが、子供らはすでに成人していて本件建物には被告ら両名のみが居住しているにすぎず、加えて、被告らは本件建物の至近の場所(約五〇〇メートルと離れていない)に、被告らが営む電気通信器の通信販売のために約五坪の営業用建物を賃借しているから、右営業のための連絡場所としては右建物をもって十分代替できるうえ、他に転居先を求めることは現下の住宅事情よりさして困難ではないから、本件建物を引続き賃借すべき必要性に乏しい。

(四) また、被告らは本件建物を居住用建物として賃借しておりながら、用法に反して前記営業のための資材置場として使用している事実がある。

4  よって、原告は被告らに対し、賃貸借契約終了にもとづき本件建物の明渡しを求めるとともに本件賃貸借契約が終了した日である昭和五二年一二月一日から右明渡し済みまで一か月金五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

5(一)  仮に、被告らに対する無条件の明渡しが酷であるとすれば、原告は被告らに対し、立退料金一〇〇万円を提供することを補強条件として、昭和五四年一一月一三日の第八回口頭弁論期日において、新たな解約の申入れをする。右解約申入れは、原告が従前から主張する事由に右補強条件を付加することによって解約申入れの正当事由を充足すると考えられるから、本件賃貸借契約は同日から六か月が経過する昭和五五年五月一三日限り終了する。

(二) よって、原告は被告らに対し、本件賃貸借契約が終了する後である昭和五五年五月三一日限り、原告が提供する金一〇〇万円と引換えに本件建物の明渡しを求めるとともに、昭和五二年一二月一日から右明渡し済みまで一か月金五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち居住目的に限定したとの点は否認し、その余の事実は認める。

同2のうち調停申立てのあったことは認め、その余は争う。

同3のうち(一)(二)は不知、(三)(四)は否認する。被告らは電気通信器の通信販売を業とするものであるところ、本件建物の賃借後、本件建物を居住の用に供しているほか、右通信販売のための連絡場所に当てているので、本件建物から立退くことは連絡先を変更することとなり営業上莫大な損害を被る。

同5は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  原告は昭和四七年一月二〇日、被告らに対し、本件建物を賃料一か月金四万五〇〇〇円、昭和四九年一月から金五万円とし、毎月末日限り翌月分払い、期間は同日から二年間とし一回更新するとの約定で貸し渡したことは当事者間に争いがない。原告は本件建物を居住目的に限定して賃貸した旨主張し、《証拠省略》は右主張に副うが措信できないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、《証拠省略》によれば、原告は、被告らが無線用アンテナの通信販売を業としていることを知りながら、被告らに対し、本件建物内での右通信販売を特に禁ずることなく賃貸したことが認められる。

二  前項の事実によると、本件賃貸借契約は昭和四九年一月一九日、更新され、更に昭和五一年一月一九日、法定更新されて期間の定めのない賃貸借になったものといわねばならない。

原告が昭和五二年四月二三日、被告らに対し、本件建物の明渡しを求めて大森簡易裁判所に調停を申し立てたことは当事者間に争いがなく、右調停申立書は遅くとも同年五月未日まで被告らに送達されているというべきところ、原告は被告らに対し、右申立てによって本件建物賃貸借の解約を申し入れたものと解するのが相当である。そしてまた、原告は、本件訴えの提起によっても本件建物賃貸借の解約を申し入れていることは、本件訴状の記載に照らし明らかであり、本件記録によると、本件訴状が被告らに送達されたのはいずれも昭和五三年四月二五日であることが認められる。

三  そこで右解約の申入れに正当事由があるか否かについて判断する。

《証拠省略》によると、次のことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1(一)  原告は肩書住所地に二階建居宅兼店舗を所有し、右店舗で飲食業を営むものである。原告には四人の息子がいるが、現在自宅には妻と四男修司が同居している。

(二)  原告が本件建物を購入したのは従業員用宿舎又は息子達の結婚後の住宅とするためであったところ、早急に使用する予定がなかったため、息子達が結婚するまでとの考えのもとに被告らに対し、本件建物を賃貸するに至った事情にある。

(三)  現在、長男豊は結婚して埼玉県草加市に一家を構え、二男正信(昭和二四年四月一〇日生)と三男洋(昭和二六年一〇月二八日生)は東京都江戸川区堀江町所在の都営堀江団地の一室(六畳、四・五畳、台所の二DK住宅)を賃料月額四万三〇〇〇円で借り受けて同居している。二男正信は東京都千代田区神田須田町所在のマルキシ株式会社に勤務し手取り月収約一一万円を得ており、三男洋は同都同区所在の帝国ホテルに勤務し手取り月収約一〇万円を得ている。

右二男及び三男はいずれも結婚適齢期にあって、近い将来の結婚を控え、また本件建物の方が右団地の住宅より若干広く、賃料も不要であることから本件建物に居住することを強く希望している(なお、証人川口正信及び原告本人は、右団地は六価クロムの汚染地区にあって健康に有害である旨供述するが、右供述はにわかに措信し難い。)。

2(一)  被告らは、被告ら夫婦とその間の高校二年生の子供の三人で本件建物に居住し、無線用アンテナの通信販売を営んでいる。

本件建物は二階建建物であり、一階には六畳間及び板の間等があり、二階には六畳間及び四・五畳間があるが、被告らは一階部分を商品置場及び連絡事務所として、二階部分を専ら居住用として使用している。なお、本件建物の近くに一間だけの独立した建物を借り受け、同建物で商品のアンテナを製作している。

(二)  被告らは右通信販売を本件建物に居住する以前である約一〇年前から営んでいるが、その客集めはアマチュア無線の月刊及び年刊雑誌に広告を掲載する方法によっている。現在、固定客は二〇店ないし三〇店に上るほか、不特定客から郵便による注文が平均して日に五、六通ある。

以上1、2の認定事実に徴して当事者双方の事情を比較考量するときは、原告が前記調停申立書及び本件訴状の各送達によってなした本件賃貸借の解約申入れは未だ直ちに正当事由があるものとは認め難いから、右解約申入れはいずれも不適法であるといわねばならない。

四  しかしながら、既に認定した被告らの家族構成、営業の規模、形態等のほか、現下の借家事情より本件建物程度の規模の借家は本件建物の近くにおいても比較的容易に賃借できると考えられる(この点は、《証拠省略》によっても窺われる。)からして、原告が本件建物の明渡しを求めるについて被告らに対し、相当の移転料を支払うときは、被告らが他に移転することにより被るべき財産上の損害を補填できるものと考えられるから、既に認定するような当事者双方の事情に加えて右相当の移転料の支払を補強条件とすることにより、原告には本件賃貸借の解約申入れをする正当の事由を具備するに至るものと考えられるところ、原告は昭和五四年一一月一三日の口頭弁論期日において、被告らに対し、移転料金一〇〇万円を支払うことを補強条件として新たな解約の申入れをなしており、右移転料の額は、前記補強条件を充足するに足る相当な額であると考えられる。なお、付言するに、被告らが本件建物から移転することによってその営業にある程度の障害が起こることは否定し得ないと思われるが、被告らの営業形態は通信販売であるから、固定客に対し移転通知を発するほか、掲載中の雑誌の広告に住所移転の通知を加えることにより、また郵便局に対し住所変更届を提出することによって、住所移転に伴ない被ることのあるべき営業上の損失をほぼ回避できるものと考えられ、右移転料の額を考慮するに当たっては被告らの営業上の損失をそれほど重大視する必要はないと考える。この点に関する被告本人幸子の供述は右と異なるが、にわかに措信し難い。

五  してみると、原告が昭和五四年一一月一三日になした前記解約申入れにより、それから六か月後に当たる昭和五五年五月一三日の経過とともに本件賃貸借契約は終了するものというべきである。したがって、被告らは原告に対し、右終了後である同年同月三一日限り、原告の提供する金一〇〇万円と引き換えに本件建物から退去してこれを明け渡し、かつ右終了した日である同年同月一四日から右明渡し済みに至るまで一か月金五万円の割合による賃料相当損害金を支払うべき義務のあることが明らかであるから、原告の本訴請求は、右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべきである。なお、原告の右請求は、将来の給付を求める訴えにほかならないが、予め請求をする必要のある場合に当たることは本件訴訟の経過に照らして明らかである。

以上の次第であるから、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言はその必要性に乏しいからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹野益男)

<以下省略>

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